援助過多の国(~私、明日から小学校にいきます~)
2010年 03月 29日
2010年3月28日
ここ2週間ほど、暗中模索の日々。
どうしたらいいのか
あと一年で何ができるのか
何をしたらいいのか
悩み、苦しみ、考えて考え抜きました。
カンボジアは、途上国であるけれども、援助過多の国。
あまりにも、たくさんの国の援助団体が入りすぎて、かえって起こる弊害・・・。
わたしの活動先の教員養成校にも、その影響が出てしまいました。
プレイベンの教員養成校の理科に日本の他のNGOが入るということを知ったのは12月。
私の活動におもいっきり内容がかぶります。
ただでさえ、コマ数の少ない理科。
しかも前任者の先輩の成果がすばらしく、理科室や実験道具も充実。
カンボジア人の先生は、ほとんどの実験を一人ですることができるし。
マンパワーさえ期待されない、、、
時間的な余裕があるというより、持て余した時間をなんとかしようと思って
手伝い始めた音楽の授業、、、そんな現実。
協力して理科をやってといわれても、協力してやることなんてほとんどない。。。
だから、どうにかしようと思って、打開策として付属小に週一で通い始めてたけれど。
それでも、本来の活動先のPTTC(教員養成校)で、活動できないかと考えていました。
腹の立つこともあったけど、コミュニケーションがとれるようになってきた
カウンターパートが心残りだったから。
でも学校規模が大きくないから、分担もできない。(授業実施日は 相当少ないし)
そして実際にいらした方は、私よりかなり年上なのに腰が低くて、だいぶ年下の私に気を使ってくださる優しい方だし。私が「理科」をメインでやっていることも、把握してなかったよう・・・。
仮に、二人で授業展開のアドバイスをし、違う内容だったらカウンターパートの混乱は目に浮かぶし。
う~~ん。
八方ふさがり。
このままでは、二人とも遠慮しあっていい方向にはならないなと、悩んでいたら
見かねた調整員さん(協力隊員のお世話をしてくださる人)が声をかけてくださいました。
任地変更の話も。
バンテアイミエンチェイ・・・(タイよりのとても遠いところ)
でも縁あって住み始めたプレイベンを離れるのはどうしても嫌でした。
配属先の人や生徒、近所の人や子供たち、市場のおばちゃんなどプレイベンの人が好きだから。
そこは、こだわりたかった。
そして、たどりついた結論は
「活動のメインを小学校にする」
カンボジアに来て、プレイベンPTTCでカウンターパートと過ごした8か月を考えると
もったいないしとっても残念だけど
悶々と悩みながら、この先1年、活動を続けていくよりは、
小学校で子どもたちと理科をやった方が、のびのびと自分らしく活動できると思ったから。
ということで、明日から小学校に行きます。
(所属は変えられないらしいので、このままPTTCです)
基本的に楽観的な私ですが、こんなに悩んだのは久々でした。
すごく苦しかったけど、自分の存在意義を考えたり、じっくりと自分の心と向き合ったりって
協力隊だから体験できることなのかもしれないですね。
ここ2週間ほど、暗中模索の日々。
どうしたらいいのか
あと一年で何ができるのか
何をしたらいいのか
悩み、苦しみ、考えて考え抜きました。
カンボジアは、途上国であるけれども、援助過多の国。
あまりにも、たくさんの国の援助団体が入りすぎて、かえって起こる弊害・・・。
わたしの活動先の教員養成校にも、その影響が出てしまいました。
プレイベンの教員養成校の理科に日本の他のNGOが入るということを知ったのは12月。
私の活動におもいっきり内容がかぶります。
ただでさえ、コマ数の少ない理科。
しかも前任者の先輩の成果がすばらしく、理科室や実験道具も充実。
カンボジア人の先生は、ほとんどの実験を一人ですることができるし。
マンパワーさえ期待されない、、、
時間的な余裕があるというより、持て余した時間をなんとかしようと思って
手伝い始めた音楽の授業、、、そんな現実。
協力して理科をやってといわれても、協力してやることなんてほとんどない。。。
だから、どうにかしようと思って、打開策として付属小に週一で通い始めてたけれど。
それでも、本来の活動先のPTTC(教員養成校)で、活動できないかと考えていました。
腹の立つこともあったけど、コミュニケーションがとれるようになってきた
カウンターパートが心残りだったから。
でも学校規模が大きくないから、分担もできない。(授業実施日は 相当少ないし)
そして実際にいらした方は、私よりかなり年上なのに腰が低くて、だいぶ年下の私に気を使ってくださる優しい方だし。私が「理科」をメインでやっていることも、把握してなかったよう・・・。
仮に、二人で授業展開のアドバイスをし、違う内容だったらカウンターパートの混乱は目に浮かぶし。
う~~ん。
八方ふさがり。
このままでは、二人とも遠慮しあっていい方向にはならないなと、悩んでいたら
見かねた調整員さん(協力隊員のお世話をしてくださる人)が声をかけてくださいました。
任地変更の話も。
バンテアイミエンチェイ・・・(タイよりのとても遠いところ)
でも縁あって住み始めたプレイベンを離れるのはどうしても嫌でした。
配属先の人や生徒、近所の人や子供たち、市場のおばちゃんなどプレイベンの人が好きだから。
そこは、こだわりたかった。
そして、たどりついた結論は
「活動のメインを小学校にする」
カンボジアに来て、プレイベンPTTCでカウンターパートと過ごした8か月を考えると
もったいないしとっても残念だけど
悶々と悩みながら、この先1年、活動を続けていくよりは、
小学校で子どもたちと理科をやった方が、のびのびと自分らしく活動できると思ったから。
ということで、明日から小学校に行きます。
(所属は変えられないらしいので、このままPTTCです)
基本的に楽観的な私ですが、こんなに悩んだのは久々でした。
すごく苦しかったけど、自分の存在意義を考えたり、じっくりと自分の心と向き合ったりって
協力隊だから体験できることなのかもしれないですね。
by masu820umi
| 2010-03-29 01:56
| 理数科の活動